食卓美学コース再開

休講していた講座の再開。

自分の賞味期限は自分で決めるものではないと

二日続けて大先輩お二人に言われました。

久しぶりに食卓美学の講座を開催してみて、生徒さんたちの

笑顔、表情、作品づくりへの熱意などに触れ、

消費期限の延長を決定。生徒さんたちのラブコールがあるうちは

元気にお教室も続けようと思います。

今日は、素敵なクリスマス用の陶器のオブジェを使った食卓の装飾と、20分でパーティー料理。

北海道が誇るノースファームストックのパスタソース2種に

ちょっぴり手を加え、サラダはマリネも増量したり、アレンジしたり。パンケーキも工夫して。簡単カクテルも2種。20分でこれだけできました。

植物装飾には、

松、イチイ、ヒムロスギ、ユーカリ、ヒバと緑の枝は5種類。

花は葉牡丹。

元気がでるカボチャと金柑をアクセントに。

嬉しいことに今年はヤドリギも。

時間がなくてもなんとでもなります。

誰にとっても1日は24時間。

食べる場面を大切にしてこそ

私たちはヒトではなく人間なのだと痛感した一日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

必然的なこと

1985年に花と料理を同時に教える教室を開講した。

当時北海道にはなかったかと思う。

全国的にも多くはなかったと思う。

その1年後、生活文化研究所を旗揚げ?した。

コピーライターやデザイナ−、プランナーなど当時の売れっ子仲間が周囲にいてくれた。

よい時代だった。

だが、時は流れ、モノもヒトも変った。

その間、花も料理も学問の対象にして新しい領域をつくろうと

関西で悪戦苦闘した。

大学にも籍を置き、二足も三足もワラジやブーツを履いていろいろなことをやってきたが、やっと最近、周囲を俯瞰し、自分の立ち位置が見えてきた。

そして今日は特別な日だった。

大学の講義のあと出向いたのは電車通りのトイロ。

単位面積、いや単位体積あたり、最高のギャラリーであり、カフェでもあるトイロ。そこで筒渕信子先生のランチ。

何ヶ月かに一度、短い期間のランチのご提供は多くのファンを魅了してきた。だがそれも今回が最後とのこと。

愛知県からのファンとグラフィックデザイナー、心理学者と4人で乗り込んだ。

美味しいランチで話しは弾んだ。

今またよい仲間に恵まれて時をたしかに刻んでいる。

紆余曲折の30余年は意味があったのだと思う。

来年2月、生活文化研究所はリニューアルオープンする。

なにをどうリニューアルするかは思案中だが、

こんな年齢になってまだ夢を見ることが出来るのは

仲間あればこそ。

背中を押され、手を引かれ、褒められ、おだてられながら

もう少し歩いて見ようと思う。

 

 

あまり理解されないが、出不精。

会合は苦手。

パーティーの企画も運営も大得意だが

自分がなにかに参加することは少ない。

ママ友というのも特になかったので

お友達とランチというのもない。

そんな私が、最近、極々まれに出かけた先々で、

バタバタと会いたかった人や、

懐かしい人たちにたてつづけに会った。

ありえない。偶然としてはこわいほどの確率。

非科学的で恥ずかしいが引き寄せたり、

引き寄せられたようにさえ思う。

同じように、このトンネルは抜けないのではないか、

この夜は明けないのではないかと思うことにも

ある日突然、陽がさす。

必要な時間、というのが何にでもある。

必然ということはきっとある。

撒かない種は絶対に生えない。

とはいえ

撒いた種は必ず生えるとは限らない。

生えた種が育つとも限らないが、

育つべき種はしっかり育つ。

 

当たり前のことが急に見えてきた。

 

 

初めて訪ねた写真のsabitaは、

これからひっそり隠れ家にしようと思っていたら、

ご挨拶されたオーナーは30年前のお知り合いだった。

そのときの種が今頃芽をだすのか。

長い休眠には必ず意味がある。

農学部出身の私にはよくわかる。

トシをとるということは実にすばらしい。

それが分からず、生意気なことを言い、

老体を「劣化」とはやし立て、

大人の意見を「老害」とひとくくりにする若者たちがいるとしたら、なんと気の毒なことか。

 

老いた先輩から学ぶが勝ちーそう思う若者がいるなら

必死に応援しようと思う。

 

 

食文化再研究スタート

食文化の国際的な比較研究など山ほどある。

そこにあえて挑もうと考えている。

この1年の間にポーランド、チェコ、中国の大学で

日本の食卓文化と美学について講義をする機会を得たことが

原動力になった。

それぞれの土地の料理と食卓、生活文化に私自身も大きな刺激を受けもした。

研究の第一歩は文献探し。

ありそうなのに、論文となると私が探すものはなかなみつからない。

やっと一本の論文・・のような研究ノートを見つけたのだが

その内容の不正確さに愕然とした。

ある大学の留学生が書いたものだが、指導したと思われる教授の名が共著として記されている。

あきらかにこの教授は彼が書いた文章を読んでいないことがわかる。ひどい。

そしてそんな未熟な文章を活字にして載せた雑誌もわるい。

だがそんなことに憤っていているヒマはない。

私自身が持っている山積みの書籍やこれから出会う文献を丁寧に紐解き、既存の情報を整理してみようと思う。

クリスマスを完全に日本の行事に取り込んだ日本の、この柔軟性はどこからきたのか。

魏志倭人伝には、倭の人たちが長寿であると記されていて驚いた。

何をどう食べていたのだろうか。

ミステリーをたどる日々がスタートした。

改めて確認したことや、新しい発見はこの欄に綴っていこうと思う。

札幌は本格的な雪。春までになにかが見えたら嬉しい。

写真は去年のクリスマスレッスン。さて今年はどうしよう・・・。

 

 

懐石と懐石料理

大学の食生活論も後半に入った。

食文化の領域、室町のあたりで今年も力が入ってしまった。

懐石と懐石料理は違う。

一服のお茶の前に、

ほんの少し小腹を満たしていただく小さな食事が懐石。

懐石料理とは言わない。

ほんの少しのごはんから始まり、

途中でお酒は出たとしても酒宴ではない。

お茶までの静かな流れでしかない。

懐石とはそういうものだから、

わざわざ「茶懐石」というのも不自然。

くどいようだが、懐石は「茶」に決まっている。

いつからどうして

お茶席の食事を懐石料理とか茶懐石と言うようになったのだろうか。

 

義母は懐石を研究し、長く教えていたのだから

その混同の歴史を聞いておけばよかった。

彼女は「お懐石」としか言わなかった。

正しい。

 

かいせきりょうり、には、懐石料理と会席料理がある。

現在これはどちらも酒宴。

最初から酒の肴になる料理が続き、最後に〆のごはんが出る。

器選びや素材、演出、価格に違いはあるようだが

作る側に任された判断のようだ。

この混同はよいとして、茶席と酒席の混同は問題だろう。

私は茶道から遠ざかって久しい。

理由はいろいろあるが、

武家社会の男性のたしなみが

近代化とともに女性のたしなみになったプロセスのほうに

興味があるからでもあるし、

中国から来た嗜好品である茶を、

独自の文化に仕立て上げたその原動力にも大きな興味がある。

学生たちにも、そのあたりを考えてみてほしいのだが、

期待のしすぎだろうか。